人生の目的はお金だ!というのは淋しいけれど、やっぱり幅を日利かせているのが、お金。
金が仇の世の中で、いかに迷わず惑わされずに生きていったらいいのか。
経済ジャーナリストの杉村富生さんが、山あり谷ありの人生模様が展開される兜町で、連綿と受け継がれる格言から体得した人生模様をつづるエッセイです。
Vol.50 日銀総裁不在でも、「そんなの関係ねえ?」
2008年3月31日更新
桜の花が咲きました。それでも「サクラ サク」とはいかないのが、株式市場です。
日経平均株価は1万2000円を割り込み(3月17日には1万1787円安値)、ニューヨークダウと逆転した日もあるのですから、困ったものです。
かつて、NYダウのドルを円に直し10倍にすると日本の平均株価といわれた時代もあったのですが・・・。
ちなみに、日経平均株価が3万8915円という史上最高値をつけたのが、1989年12月29日でした。当時のNYダウは2753ドルで、その差は1対14でした。
その後、日本はバブル崩壊から長期低迷になり、一方アメリカは1981年以降の偉大なアメリカの構築戦略によって蘇りました。それが現在の大きな差になっているのです。
この原因の大きなものは、対応の遅さ、これに尽きるのではないでしょうか。
サブプライムローン問題がクローズアップされた昨年の7月には、FRBはただちに公定歩合の緊急利下げに踏み切りました。9月にはFFレートを引き下げ始めます。
以来、FFレートを6回にわたり合計3.00ポイントも引き下げました。とにかく、早め早めの対策を打ち出しています。
日本はどうだったでしょうか。
1990年当時の日本の金融当局は、株価暴落から始まるバブルの崩壊でも何もしませんでした。というよりも誰が考えてもトンチンカンな施策を打出して、15年に及ぶ不況の引き金を引いたのです。
1990年4月に不動産向けの総量規制、1991年4月には不動産保有税(地価税)の創設、7月までは金融引き締めまで実施しています。
当時の三重野日銀総裁は、「バブル崩壊のダメージは局部的、かつ限定的であり、実体経済には何らの悪影響を及ぼさない」と実に脳天気なコメントまで出していたのです。
その後、日本の金融機関の不良債権の存在が明らかになったのが1992年、山一証券の破たんが1997年、日債銀、長銀の経営破たんが1998年です。
そして公的資金の注入が議論されたのです。ここまでにバブル崩壊から7~8年は経っています。
一方アメリカは問題発覚からせいぜい8ヶ月でこれだけの対策を打っています。
日本の1年がアメリカの1ヶ月では、いくらなんでも時間感覚にズレがあります。
日本は、まさに浦島太郎。竜宮城で鯛やヒラメの舞踊りをみているうちに、時間ばかりがどんどん過ぎていきます。
世界がグローバル化している中で、日銀総裁も決められず立ち往生している日本。
日本の金融政策は選択肢が限られているので、日銀総裁などいてもいなくても影響ないとの声もでていますが、本当にそれでいいのでしょうか。
「そんなの関係ねえ!」っていうのは、漫才だけにしてください。福田さん。
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杉村富生 著書紹介
杉村富生 プロフィール

杉村富生(すぎむらとみお)
経済評論家・日本FP協会正会員
1949年・熊本県生まれ
明治大学卒業
証券専門紙勤務後、1991年独立。
ユニークな市場分析と語り口で、投資家に人気で講演などで活躍中。
日本証券業協会の投資啓蒙セミナーのキャンペーン講師として、幅広い年代層に投資のリスクと必要性を説いている。
■主な著書
「株の仕組み」(日本実業出版)
「規制緩和」(実業の日本社)
「株価は2極化する」(ダイヤモンド社)
「経済ニュースを読みとく本」(実務教育出版)など多数
■主な出演番組
「ファイナンシャルBOX](ラジオ日経)
「株スタ」(ラジオ日経)他
■主な掲載誌
「暮らしと利殖」
「東京スポーツ」
「オール投資」
「経営者界報」他
■その他活動内容
銘柄情報メールマガジン「
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